札幌のラーメンがバラエティ豊かと呼ばれるようになったのはいつ頃からでしょう。
少なくとも2000年前半までは圧倒的に味噌ラーメンに代表される「札幌ラーメン」と旭川から進出してきた「旭川ラーメン」の2つの系統がシェアの多くを占めていたように思います。
ところが2005年~2008年頃に登場したラーメン店が、札幌のラーメンシーンに変化をもたらします。
札幌ラーメンスタイルにこだわらない店の台頭
このわずか数年間に所謂札幌ラーメンスタイルにこだわらない味でチャレンジするお店が急激に登場した時期のように思います。
オープン月 | 店名 |
2005年5月 | 麺処まるは |
2005年10月 | 山嵐本店(2008年3月現在の店舗に移転) |
2006年5月 | 凡の風 |
2006年8月 | あらとん本店 |
2006年11月 | 麺eiji |
2007年6月 | ラーメン札幌一粒庵(すすきのからの移転) |
2007年11月 | 豚ソバ Fuji屋(2012年中央区に移転) |
2008年6月 | 侘助 |
2008年7月 | つけめんShin. |
2008年9月 | けせらせら |
2008年10月 | 麺屋菜々兵衛 |
上記以外にも後に名店となるお店がいくつも登場しています。当時、変革期にあった札幌ラーメンシーンの変化。メディアでも少しずつそういう従来とは違うラーメンを取り上げ始めていました。
慣れ親しんだ札幌ラーメンとは違うスタイルの提供に「若き店主の挑戦」などと冠をつけて紹介していたところもありました。
しかし、その言葉の裏にはどこか「ユニークだけど札幌で流行るのは難しいのでは?」という「無謀な挑戦」とのニュアンスも含まれていたように感じることもありました。
ちょうどその頃、ある東京のラーメン友達からは「札幌のラーメンが美味しいって言われていた時期もあったよね」と過去形で屈辱的に語られたりもしました。
二世がつなぐ札幌ラーメンのバトン
そこに登場した新しい潮流。新しい味がどんどん登場し、それと共に再びご当地ラーメンである札幌スタイルのラーメンにもスポットが当たる、ワクワクするようなエキサイティングな時代だったように思います。
さて、時代は流れ「若き店主達」と呼ばれた方々は今や皆「大御所」と呼ばれるようになりました。
そして今、その店主さん達のお子さんが主役となって札幌のラーメンをさらに盛り上げようという流れができています。これがまた実にワクワクするようなラーメンを作っているのです。
ということで、最終回は大御所ラーメン店主さんのジュニア世代の活躍するお店にスポットを当ててみたいと思います。
麺処まるはBEYOND
二世が作るラーメンと言われて真っ先に思い浮かぶのがこの人。つい先日の2023年12月15日で10周年を迎えた「麺処まるはBEYOND」の店主・長谷川凌真氏だ。
それにはまず、「麺処まるはBEYOND」のルーツとなる「麺処まるは」の店主であり、凌真氏の父でもある長谷川朝也氏のお話から紹介しなくてはならない。
店名 | 麺処まるはBEYOND |
所在地 | 札幌市豊平区平岸3条13-7-7 第3アメニティ藤川 101 |
アクセス | 地下鉄南北線「南平岸」駅より徒歩1分 |
駐車場 | あり(2台) |
営業時間 | [月〜土]11:00〜14:30(L.O) 18:00〜22:30(L.O.) [日・祝]11:00~14:30(L.O.)18:00~20:30(L.O.) 日曜営業 |
定休日 | 火曜、第3水曜定休 |
席数 | 19席(カウンター5席) |
(店舗情報の引用元:食べログ)
オープン当時、札幌では「異質」と評されたメニューへ次々に挑戦
「麺処まるは」が札幌市西岡にオープンしたのは2005年5月。ホテルの料理長などで料理経験はあるものの長谷川朝也氏はラーメンに関して特別な修行経験も無く独学でラーメンを作ってきたと聞く。
札幌スタイルの味噌ラーメンはとても美味しく一番人気だった。ただ、その中に当時の札幌としてはちょっと異彩を放つメニューがあった。
それは「中華そば」。所謂魚介の香る東京スタイルのラーメンだ。鶏や豚の旨味と鰹節の香りがとても美味しいが、札幌市民からは「異彩」というよりむしろ「異質」な存在として受け取られたように思う。
ラーメン評論家の第一人者で「日本一ラーメンを食べた男」大崎裕史氏が札幌に訪れた時に、このラーメンを食べて次のように評したそう。
「ラーメンとしては非常に完成度が高くてとても美味しい。でも、
その後2007年春に札幌ではあまり市民権を得ていなかった「つけ麺」を提供することになる。
それも東京の老舗製麺屋である「浅草開化楼」の麺を取り寄せて、魚介風味の効いた本格的なつけ麺を出してきた。
つけ麺はその魚介の風味だけじゃなく存在そのものを「邪道」と評する人も少なくなかった。「麺とスープを分ける意味がわからない」「麺が冷たくてスープが温かいなんて中途半端」などと散々な評価をする人もいたらしい。
ところが、これが大きな波紋を呼ぶ。市内人気店のラーメン店主さん達がこぞって食べに来たり、製麺メーカーさんのお偉いさんが食べに来たりと、札幌のラーメン業界がちょっとざわついた。
現在の札幌ラーメンがバラエティ豊かになったのは、このお店の存在がひとつのきっかけになったのは間違いないと思う。
さらなる挑戦。「麺処まるは健松丸」のドロドロ豚骨スープ
その後2011年4月にすすきのに「麺処まるは健松丸」をオープンさせることとなるのだが、長谷川朝也氏はここでもまた驚くようなラーメンを提供する。
いわゆる豚骨ラーメンなのであるが、それが「これでもかっ!」ってくらいに濃度を上げたスープのラーメンを出してきた。
またしても「これは札幌では流行らない」という評価が最初はあちこちで持ち上がった。
捨てるスープに涙を流す二代目に亡き先代は何を思ったか
「麺処まるは健松丸」のオープン直前に先代・長谷川朝也氏に病気が見つかった。本当に残念であるが、2年ほど病と戦った末、2013年に鬼籍に入られてしまった。
先代との話は尽きないのであるが、一つだけ最後にエピソードを書いておきたい。先代への何度目かのお見舞いのときにちょうどお会いした奥様がこんな話をしていた。
「息子の凌真がお店で働いてくれるのは嬉しいけど、毎日のように残るドロドロのスープを見て涙を流しているのよ。人気のあった前の店と同じメニューでやってくれたらよかったのに」
それを聞いた直後の先代が、ちょっとバツの悪そうな顔をしながらも見せた表情が忘れられない。
そう。無意識だったかもしれないのだが「ニヤリ」と笑ったのだ。あたかも「捨てるスープを見て涙を流すようになれば息子も一人前だ」と語っているかのように。
先代の故・長谷川朝也氏とのエピソードは尽きないが、この辺にしておこう。
「札幌で魚介系ラーメンは流行らない」
「札幌でつけ麺は受け入れられない」
「濃厚なドロドロスープは札幌の人には合わない」
そんな評価を受けながら、自分の信じる「美味しいラーメン」を提供し続けた先代・長谷川朝也氏の功績は大きいと思う。
二世が店名「麺処まるはBEYOND」に込めた決意
さて、麺処まるは創業者の先代・長谷川朝也氏の話が長くなってしまったが、今回の本題の「二世」である長谷川凌真氏の話に移りたいと思う。
息子・凌真氏が本格的にラーメン作りを始めたのは「麺処まるは健松丸」がオープンしてからのこと。父と一緒に働き、父の背中を見て過ごす毎日はおそらく今の彼の原点になっていると思う。
「麺処まるは健松丸」では月替わりで様々なラーメンを提供していた。一言で「月替わり」と書いているが、そのどれもがクオリティが高く、そのペースで作るのは並大抵のことではなかったはずだ。
もしかするとそれは息子にラーメン作りの技術やラーメンの奥深さを伝えようとの思いが先代にあったのかもしれない。とにかく信じられないハイペースで限定メニューは提供され続けた。
カップ麺にも採用された「次世代あっさり鶏塩麹ラーメン」。
鶏・豚・魚介のトリプルスープのあっさり味「鶏醤丸(けいしょうまる)」。
やりすぎだろう、というぐらい極太麺(一反木綿?いや一反木“麺”か)を乗せたつけ麺。
そんな偉大な先代の背中を見ながら働いてきた凌真氏。先代が亡くなられてから相当な葛藤はあったことと思う。
その中で彼が下した決断は「移転して新しいラーメンを提供する」というものだ。ただ、お店の名前に「まるは」は残したいとの思いもあり、付けた店名が「麺処まるはBEYOND」。
BEYONDは「超える」とか「凌ぐ・凌駕する」という意味がある。
そう、偉大な父を超えるという意味と、彼自身につけられた「凌真」の一文字からつけた店名。様々な思いが込められた実に素晴らしい名前だと思う。
レガシーとオリジナルが織りなすメニューで評判に
「麺処まるはBEYOND」のオープン直後の「背脂味噌ラーメン」にはマー油が使われ、
それは先代から引き継がれた特徴的なアクセントで、中毒性の高いものだった。
一方「中華そば」は名前こそ先代の時代からあるメニューだが、完全にオリジナルの清湯系ラーメン。
これが実に美味しい。素材の持つ旨味と香りをうまく引き出していて、一口目からホッとするような美味しさがあった。
そのしなやかで優しい口当たりもスープとの相性が抜群。そのため「若い店主が新店で提供するレベルではない」とオープン直後から評判になっていた。
焦がしたニンニクの香りで中毒性の高い味噌ラーメン
2021年4月にオープンの地中の島から現在の南平岸駅に移転した「麺処まるはBEYOND」。冒頭にも書いたが、2023年12月15日で10周年を迎えた。
この10年で変わったのはお店の場所だけじゃない。味ももちろん進化をし続けている。
いや、もしかすると「進化しているところ」と「あえて変えていないところ」があると言った方が正しいのかもしれない。
味噌ラーメンのスープそのものは少しずつ印象が変わっているが「焦がしたニンニクの香りを大切にしている」のは変わらない点のように思う。
「マー油」を使ったり強めにニンニクを炒めたりなど「ニンニクを効果的なアクセントとして使う」点は先代から続く「麺処まるは」の味噌ラーメンの特徴の一つと言ってもいいと思う。
ほんのり感じる焦がしニンニクの独特の香ばしさと苦みのアクセント。「まるは」ならではの香りだし、クセになる。
麺について一言でいえば、「より札幌らしくなった」という印象。
京都の老舗製麺所麺屋「棣鄂」の作る札幌スタイルの縮れ麺は唇を震わせるだけじゃなく札幌っ子のDNAまで一緒に震わせてくれるね!
この極太メンマ、通称「材木メンマ」もまるはの象徴的なトッピングの一つ。食べ応えがイイだけじゃなく味も抜群。
そしてチャーシューの代わりに乗っているのがこの角煮。トロトロの食感といい、閉じ込められた肉の旨味といい、麺とスープだけじゃなく、さすが具材も完璧。
二代目オリジナルの中華そば
そしてもう一つの代表メニュー「中華そば」。よりクリアになりながら旨味のパワーがアップしている印象。
複雑な素材の組み合わせをバランス良くまとめ、旨味だけ抽出しているのは、10年の経験から来るものなんでしょうね。
あまりの美味しさに舌も鼻も喜ぶ中華そばだ。
10周年記念イベントの限定メニュー
さて、そんな定番メニューで人々を魅了している「麺処まるはBEYOND」。10周年を記念してイベントメニューが提供された。
先代が営んでいた札幌市西岡の「麺処まるは」時代の「中華そば」を再現したという「10周年記念 淡麗中華蕎麦」と麺処まるは健松丸時代の「超濃厚とんこつラーメン」の2種類だ。
一口すすって驚いたね!まさにあの風味と味!
スープは煮干より鰹節などの節系の香りと旨味が強いのも一つの特徴だと思う。
そして、それらの素材の醸し出す自然な酸味を旨味に昇華させているスープ。まさに札幌市西岡にあった「麺処まるは」時代の特徴そのものだった。
10周年だから使っている素材の量を大盤振る舞いで当時より多くしたのかもしれないが、音楽で例えるなら西岡時代のそれよりボリュームが大きいというか、要するに全体の旨味が強い印象。
だけどその音圧の大きさ以外は「楽器(素材)の構成要素もハーモニーも当時のまま」だった!
むしろ当時より旨味があふれ、自分の記憶を呼び覚ますには最高の一杯だった。
先代がカウンター越しに「○○のラーメン食べましたか?相当美味いっすよ!」と笑いながら話しかけていた顔。
「仕込み方をちょっと変えたんすよ!」と自慢げにニヤリと笑った顔。
私が「前回より美味しいです!」と言うと「いやぁまだまだっすよ」と照れた表情。
それでも「いやこっちの方がホントに好きです」と続けると「マジっすか?」といつもの口癖と共に得意げな表情を見せたこと。
先代の声や表情まで色んなことを思い出してしまった。
今回提供してくれた限定の中華蕎麦は誰が食べても美味しいラーメンなのは間違ない。が、やっぱり自分にとっては昔を思い出す特別な一杯だった。
チャーシューの絶妙な火加減で閉じ込められた肉の美味さは最高だった。
こんなことを書くと、草葉の陰で先代が苦笑いしているかもしれない。
ちなみに「10周年記念 淡麗中華蕎麦」を食べ終えて、もう一度並んで「超濃厚とんこつラーメン」も食べようと思ったのだが、残念ながら仕事の時間が迫っていたため断念。食べた方は口々にその美味しさを称賛していた!
札幌市西岡時代に「札幌で魚介は流行らない」と言われながらも提供し続け、すすきのの「麺処まるは健松丸」では「こんなドロドロスープはウケない」と言われながらも出し続けたあの頃。
そんなことがウソのように、その味を求めてこの日は早朝から多くの人が行列を作っていた。
先代の背中を追いかけながら進化する二世店主
批判を受けながら提供し続けた先代、そして周年イベントでは毎年必ず超濃厚豚骨スープを提供している息子・凌真氏。そんな親子のバトンも札幌のラーメンシーンが変化してきた一つの要因になっていると思う。
時代が変わったら受け入れられたという人もいるかもしれないが、その影には自分の信じる味を提供し続けた人がいた。
札幌のラーメン好きの嗜好が変化して来たのは間違いないが、「好みを根本から変えてやろう」との思いを持ち努力をした人達のおかげだと改めて思う。
今回の限定メニューである中華そばの洗練された盛り付けや旨味の強さ、トッピングの美味しさ。もし私が二代目の凌真氏に「先代をBEYONDしたんじゃない?」と投げかけたらどうだろう?
「いやぁまだまだっすよ」とか「マジっすか!」と父と同じような口癖の返答が返ってくる気がする。きっとまだまだ彼の中では「BEYONDしていく」ことを目標としていくのだろう。
新ブランド店の名前は「麺処まるはRISE」
ここで、凌真氏のもう一つのブランド「麺処まるはRISE」にも触れておきたいと思う。RISEでは「貝」を主役にしたラーメンが定番メニューとして提供されている。
貝出汁の定番メニューが人気なのは言うまでもないのであるが、こちらのお店では積極的に限定メニューを提供していることも特筆すべき点だと思う。
月替わりの「マンスリー限定」メニューに加え、「シーズン限定」や店内告知なしの「SNS限定メニュー」など、毎週のように限定メニューが作られるというハイペースでの提供だ。
これは、毎月のように限定メニューを提供していた先代を上回るハイペースでの提供である。まるでその時の父を「BEYOND」しようとするかのように。
最後に店名の「RISE」の話を書いて終わりにしたいと思う。BEYOND が「超える・凌ぐ」などの意味があり、先代を越える意味と凌真店主の名前の一文字を表していることは書いた通り。
そしてRISE には「夜明け・暁」などの意味がある。こちらも先代の朝也氏の一文字「朝」を意識していると共に、凌真店主の息子さんの「暁」という一文字を意識してつけられたとのこと。
もしかすると、あと20年経てば「三世」の作るラーメンが食べられるかもしれない。
ということであまりに思い入れが強いことと、先代の「麺処まるは」から紹介を始めたので、ものすごく長くなってしまったがどうか許してほしい。
マルエーラーメン店
札幌で「MEN-EIJI」という名前を知らないラーメンファンはいないであろう。というか「知らない」と言った時点でそれは札幌のラーメンファンではないと言っても過言ではないと思っている。
本店である「HIRAGISHI BASE」をはじめ「EAK」「月寒FACTORY」、オーストラリアには「ZUROZURO RAMEN BAR」といういくつものグループ店舗を展開している札幌を代表するラーメンブランドだ。
今でこそ、その味はもちろん様々な取り組みやチャレンジも高く評価されているが、オープン当初から「高く評価されていたか?」というと実はそうでも無かったらしい。
原点となる「麺eiji」が札幌市平岸にオープンしたのは2006年11月。店主・古川氏が様々なラーメン店で経験を積み、満を持して自分のお店をオープン。
「札幌には無い味を!」という思いもあったのだと思うが、濃厚魚介豚骨ラーメンを中心にお店をオープンさせた。
店名 | マルエーラーメン店 |
所在地 | 札幌市北区北23条西4-2-3 プラザハイツ24 1F |
アクセス | 地下鉄南北線「北24条」駅から34m |
駐車場 | あり(2台) |
営業時間 | 11:00〜15:00、17:00〜21:00 日曜営業 |
定休日 | 水曜日 |
席数 | - |
(店舗情報の引用元:食べログ)
批判的な言葉に負けず繰り返すチャレンジ
当時は札幌ラーメン全盛で魚介系ラーメンはほとんどない時代。先に紹介した「麺処まるは」で中華そばが提供されていたが苦戦していた時代だ。ここ「麺eiji」でも店主・古川氏の期待とは逆にあまり評価されなかったと聞く。
いやそれどころか、「批判的な意見」が少なくなかったらしい。
「なんで野菜が乗ってない」「なんだこの魚臭いラーメンは?」などなど。書いている私まで心が痛くなる。
私はこの頃はまだ東京と札幌を行き来している時代で、個人的な感想だけど客観的な意見を書くと「東京の人気店より美味しい」と思ったのは事実。
その一方で「あまり受け入れられていない」という店主・古川氏の話を聞いて、私は「札幌の食文化は思った以上に閉鎖的なのか」と失望しかけた。
それでも、そんな批判的な声にも心を折ることなく店主・古川氏は次々と新しいチャレンジをしていく。
逆風をものともせず己が信じる一杯でラーメンシーンを塗り替える
つけ麺では「濃豚(ノートン)つけBUTO」なんていう、札幌どころか全国的に見てもインパクトの強いつけ麺を出したりしてね。
私の「いやいや、そもそもつけ麺文化の浸透していない札幌でやり過ぎなんじゃね?」という懸念をよそに、なんと着実に札幌のラーメンファンの心を掴んでいった。
「流行らない」「なんだこれ」なんていう批判的な声にも負けることなく「美味しいと信じるものを提供する」という彼のスタイルが徐々に札幌のラーメンシーンを変えていったのは間違いないと思う。
その後も積極的に新しいチャレンジを行っていく。鴨を主役にしたラーメンだったり、海苔を主役にしたラーメン、無化調の二郎系ラーメンなど。
時には農家の生産者さんと話をして北海道素材を積極的にラーメンに取り入れたりと彼のチャレンジは留まるところを知らない。
彼の挑戦が札幌のラーメンシーンを次々と変えていったのは間違いないと思う。
日本に留まらずオーストラリアへ進出
そして彼のチャレンジは北海道に留まらなかった。いや、日本に収まりきらなかったと言った方がいいかもしれない。
「MEN-EIJI」では「とかちマッシュ(十勝生まれのマッシュルーム)」をはじめ北海道の食材にスポットを当てラーメンやサイドメニューに生かすことが多い。
店主・古川氏曰く「北海道の人は北海道に住んでいながら、その魅力的な食材をあまり知らない」とのこと。
ラーメンという身近な料理かつ身近な飲食店を媒体とすることで、スポットが当たっていない食材の魅力をより伝えやすくなるという考えもあるのだと思う。
さて、この考え方。実はオーストラリアの出店にもつながっているらしい。「地元の食材を使って麺文化を根底からひっくり返す」という壮大なテーマがあるようだ。
これも、日本と同様にオーストラリアの人たちも地元にこんな美味しい食材があると知らないであろう、という確信から考えられたことのようである。
他の人が言うと「誇大妄想」ともとられかねない発言も、オーナーの古川氏が言うと「夢物語」には全く聞こえない。
それどころか「ホントに地元の人が驚くラーメンを提供する」のはもちろん「地元の人が地元食材の魅力を再発見することにもつなげる」んだろうなという気がしてならない。
「MEN-EIJI」の「EIJI」は実は……
さて、そんな「MEN-EIJI」のオーナー・古川氏が今年またまた新しいチャレンジをした。地下鉄南北線北24条駅近くに「マルエーラーメン店」というお店をオープンさせたのだ。
オーナー・古川氏はSNSでこんなコメントをされていた。
マルエーラーメン店
マルAのAはAttackのAですAttack=攻撃
攻めて行こう!とスタートしたのがマルエーラーメン店です
(出典:X(旧Twitter)@furukawa_inc)
前段が非常に長くなったが、ここからが今回のテーマの「二世」の話となるのである。その話題のマルエーラーメン店を仕切るのが、オーナー・古川氏の息子さんである「古川永慈(えいじ)」氏である。
そう!お気づきと思うが「MEN-EIJI」のEIJIはオーナー・古川氏の息子さんの名前に由来するのである!
生まれた時から二世確定!というわけではないが、永慈氏も当然幼少期から意識されていたのではないでしょうか。
その息子・永慈氏が中心となって運営されているのが、今回紹介する「マルエーラーメン店」。
ある意味全員がハードルを上げてお店に足を運んだと言っても過言ではないと思う。それにも関わらず、食べた人全員が口々に「めちゃくちゃ美味しかった」という。
ラーメンメニューは、基本は2種類のスープから選ぶ。
「あっさり」の醤油か、
豚の背脂が加えられた「こってり」か。
こんなの食べたことない!新感覚のこだわり麺がうまい
さて、このお店の最大の特徴は「注文が入ってから手切りして手揉みをする麺」である。
手打ち蕎麦屋でよく「打ちたて・切りたて・茹でたて」の3たてなんてのがあるが、ラーメンで「切り立て」なんて聞いたことありますか?
そして実は「あえて!打ち立てではない!」ということも付け加える必要があると思う。
自家製麺を知り尽くしたオーナー・古川氏。打ちたての麺の良さも知っているが、一方で熟成された麺の美味しさも知っている。
「打ち立てだと、本当の意味の麺の良さが出ない」ということなのであろう。麺を打って麺帯(めんたい)の状態であえて数日寝かせている。そうすることでどうなるか!
麺の表と裏は空気に触れて熟成が進む。一方で注文が入ってから麺を切ることで、切られた部分はその時初めて空気に触れるという熟成とフレッシュの2つの面ができるわけだ。
最後に強めに麺を手揉みすることで複雑な食感と旨味が生まれるという理屈だ。スゴイことを考えるよね~!
で、その肝心の麺の味なのであるが、これが素晴らしく美味しい!噛みしめた時の弾力がなんとも言えない不思議な食感なのである。噛みしめる部位によって違う食感が生まれているのかどうかはわからないが「新感覚」と言ってもよい。
強めの縮れから生まれる「すする時の」唇を震わす食感、「噛みしめた時の」不思議な弾力と新感覚。そしてあえての熟成で引き出された「麺そのものの持つ甘さ」。美味しくて、しかも楽しい麺だ。
豚の甘みを引き出した豚清湯
ラーメンメニューは基本は2種類のスープから選ぶと前述したが、ベースは豚の清湯スープ。スッキリした口当たりながら、豚本来の持つ甘さが長く余韻を感じさせてくれる。
埼玉県の弓削多醤油や小豆島のヤマロク醤油の他数種類の醤油をブレンドしているとのことだが、醤油の持つ深い味わいが豚清湯と合わさって極上のスープになっている。
背脂の加えられた「こってり」は、その豚由来の甘さをさらに強調した印象だね。
カネ久商店の黒ナルトに注目!
チャーシューは2種類。豚もも肉は低温調理で肉の美味しさを閉じ込め、噛みしめると口の中に肉本来の美味しさが広がる。
豚バラ肉は最後にサクラのチップで燻された香り高い仕上がり。香りのアクセントとしても最高!
「MEN-EIJI」ファンならよく知るこのメンマの食感も美味しさも、「MEN-EIJI」ならではの秀逸な美味しさ。
もっとも目を引くのがこの「黒ナルト」!静岡県焼津市のカネ久商店のものらしい。保存料を使用していないというこのナルトは味だって抜群。
麺を味わうならつけ麺もおすすめ
ラーメンは「あっさり」と「こってり」どちらもオススメだが、麺の美味しさを味わうには、つけ麺で食べるという手もありますよ~!
こちらも「あっさり」と「こってり」があり、どちらを食べるか迷うところ。まぁどっちを食べても美味しいんだけどね。
つけダレはノスタルジック系つけ麺を意図したのか「甘・辛・酸」のバランスを取ったもの。
ベースの豚の清湯スープが秀逸だから、特に酸味のアクセントがい~い感じにどストライクだった。
途中でゆず酢を麺にかけても美味しかった。
悪魔的なビジュアル…ニンニク背脂ライス
最後に悪魔的なサイドメニューもご紹介しておこうかな。「ニンニク背脂ライス」!!これにさらにネギの乗った、ネギニンニク背脂ライスなんてのもある。
これは……説明いりますか?
ネーミングとビジュアルで美味しさがわかってもらえると思う。ダイエット中の方は写真だけでも迷惑かもしれない。
ということで、2023年にオープンした新店の中でも特に注目を集めているお店「マルエーラーメン店」をご紹介しました。
ラーメンに限らず料理全般そうなのかもしれないけど、私の知る限り「ラーメンは同じ素材を使っても同じお店にはならない」と思っている。
仮に「MEN-EIJI HIRAGISHI BASE」でオーナー・古川氏がこれを調理して限定メニューで提供したら、あっという間に話題になるのは間違いない。
でも全くの新店である以上、百戦錬磨のオーナー・古川氏がレシピを作り、切りたて揉みたての麺という発想をしたにしても、ちょっと意味が違ってくると思う。
本当の意味で真の有名店に成長していくかどうかはやっぱり息子さんの永慈さんの腕にかかっていると思う。
素材を活かす調理方法で同じ味を提供しつづけるのはもちろんだが、お店の雰囲気作りやスタッフの教育など、お店を運営するのは大変だと思う。
でも息子・永慈氏のX(旧Twitter)のアカウント名が「ラーメン屋の息子(古川永慈)」(2023年12月現在)となっていることからも「決意と覚悟」が伝わってくる。
偉大な父を持つ「二世」でプレッシャーも半端ないことと思うのであるが、食べる側としては純粋に「楽しみでしかない」のである。
町中華屋台 飯田
2016年に白石区にオープンした「Mari iida」。その洗練された味わいはオープン当初から注目を集める人気のお店だった。
化学調味料を使用しない所謂「無化調」ゆえに美味しさを引き出すのは難しいはずだが、勉強熱心な店主・マリさんこと吉田(旧姓飯田)真里さんが日々研鑽を積み、美味しいラーメンへと今も進化を続けている。
そして自家製麺が日々進化し、そのクオリティが高まるとともに人気も評判もうなぎ上りに高くなっていった。
麺が美味しい強みを活かし、ラーメンに留まらず2023年7月には「飯田製麺」といううどんのお店もオープンさせた。
さてその「Marii ida」が2023年1月にオープンさせたのが「町中華屋台 飯田」である。
店名 | 町中華屋台 飯田 |
所在地 | 札幌市東区北十五条東1-2-19 |
アクセス | 地下鉄東豊線「北13条東」駅から徒歩4分 |
駐車場 | あり(店舗前2台、ほか専用駐車場2台) |
営業時間 | 【昼の部(ラーメン)】10:30〜14:30、【夜の部(居酒屋)】16:00〜0:00 日曜営業 |
定休日 | なし ※年末年始等はSNSでお知らせ |
席数 | 22席 |
(店舗情報の引用元:食べログ)
高校1年生から店主をやっていた!?
個人的な感覚でしかないが、札幌って本格中華やラーメン店は多いものの、その中間に位置する「町中華」ってのが少ない。
私の東京在住時は仕事帰りに町中華にふらりと入り、ビールと餃子やチャーハンを食べ、〆にラーメンをいただく、なんて晩御飯を普通にやっていたけど、札幌ではそれにぴったり来るお店が少ない。
さて、こちらの「町中華屋台 飯田」を紹介するにあたり、この店を中心となって運営している人をご紹介しなくてはならない。
もちろん「Marii ida」の店主・マリさんが関わっているのであるが、このお店をやりたいと言い出し、運営の中心となっているのは息子さんの「おともやん」こと吉田朋矢氏である。
「Mari iida」では2周年を機に「麺処おともやん」と店名を変えて特別営業を行うことがあった。その時に「店主」として味作りから調理までを行っていた朋矢氏はなんとその時、高校生1年生!
しかも、それが「高校生のお遊び」とかじゃない。本気の本気でどれもこれもめちゃめちゃ美味しいと来ているから驚き。
汁なし担々麺を提供した時には「台湾まで行って勉強して来た」ってんだから。メニュー名に「本物の」と冠しているのもわかる。高校生が、語学留学じゃなくて料理留学ってどんだけ意識が高いのやら。
ラーメン以外の町中華メニューだけでも満足できるクオリティ
さて、そんな「町中華屋台 飯田」。それなりに自分の中のハードルを上げて食べに行ったが、これが実にイイ!レバニラ炒めのレバーは肉厚ジューシーで野菜はシャッキリ!
なんせ全体的に値段がリーズナブルだから色々と頼みたくなっちゃう。「Mari iida」の自家製麺を使用した生麺焼きそばは麺の美味しさを楽しむのにうってつけ。
油そばも麺の美味しさでビールが進む。
色々揃った卓上調味料で味変を楽しむ頃にはビールはハイボールに変わっていた。
こうやって、お酒を飲みながら中華料理で一杯やる。「ラーメン専門店」ではなく「町中華」というお店の特権だと思う。
町中華に欠かせないチャーハンはしっかり目の味わいでお酒のお供にピッタリ!
〆はコレ!中華で疲れた胃に優しく染み渡るラーメン
実は以前にこちらのお店の「朝ラーメン」をいただいたことがある。素材の旨味にあふれ、抜群に美味しかった!
でも、これだけお腹いっぱいに食べて、お酒もたくさん飲んだ後だと「朝ラーメンみたいな旨味にあふれたタイプだとちょっと重いかも」なんて懸念もしていた。
ところが夜メニューのラーメンはきっちり「優しめチューニング」がされていたのが嬉しかった。
もちろんどれもこれもしっかり美味しいラーメン!
だけどあくまで「主張し過ぎない」という配慮が感じられるラーメンだった。
これでもかっ!ってぐらい旨味の強いラーメンはそれだけで満足感がある。そして、そういうモノをこのお店が作れることも知っている。
でもここはやっぱり「町中華の夜営業ラーメンは〆的存在」という店主さんの心遣いなんだろうと思う。食事の後の余韻を楽しむためのチューニングなのだ。
ほっとした気持ちと満足感でお店を後にしたのだった。
2023年12月から昼はラーメン店に変身!
はい!のれんの色が違います!実は2023年12月1日より昼営業で「ラーメン店」がスタートしたのです!
10食限定の「レバニラ定食」と言うメニューはあるものの、主役はラーメン+サイドメニューと言う構成だ。
少し前にいただいた夜営業の「町中華」のそれとスープの透明感だけは似ているが、その味わいは全然違う!
煮干などの素材の旨味が前面に出てきて舌と鼻を喜ばせてくれる。
麺は噛みしめると後からほんのり甘みさえ感じられる秀逸な麺。ほのかに香る柚子の風味との相性も抜群だ!
絶妙な火加減で肉のうまみが閉じ込められた豚肉のチャーシューに、柔らかくジューシーな鶏のチャーシューの2種類を乗せてくるところもニクイ!
メンマ代わりのタケノコは食感のアクセントとしてとてもイイ!こういうちょっとした驚きや遊び心も加えられているところにもセンスを感じるね。
昼のラーメンは一杯で満足できる「重厚な旨味」の一杯でした!
あれ?一杯で満足できる重厚な旨味……と書いておきながら、この写真はなんだ?
こういう時、私は「ツレの彼女が注文した」と言ったりするのですが、もちろん独りで行っているわけで、ツレの彼女なんかいない。
なんのことはない、美味しすぎて追加で味噌ラーメンを注文しちゃいました!専門用語で言うなら「おかわり」と言います。専門用語でもなんでもない。
野菜にかけるひと手間に脱帽
さて、この味噌ラーメン。まず作り方にびっくりした。夜営業で中華鍋を使っていることは知っていたので、それでモヤシなどの野菜をあおり調理するのかと思ったら、
まずは雪平鍋で挽肉やタマネギ・味噌などを炒め始めた。その後時間差でモヤシやキャベツなどの野菜を強火の中華鍋で炒めるという手間のかかった手法。
結果、同じ野菜でもタマネギは透き通るような色合いで甘さが立ち、モヤシはシャキシャキと歯ごたえも楽しめるという仕上がり。味噌も焼くことで香ばしさが立ち、自然な甘さや深いコクのある極上の「札幌スタイル味噌ラーメン」になっているのだ。
札幌ラーメンのスタイルながら新しさを感じる秀逸な味噌ラーメンだ。
この日はおともやんこと、息子・朋矢氏が厨房に入っていたので少し話を伺った。
現在はこのお店の昼営業が数日と夜営業が数日。その他、忙しさに応じて「Mari iida」のヘルプや江別の飯田製麺の手伝いにも入ったりしているとのこと。
もちろん昼営業の店主さんや夜の店主さんが別にいて、彼はその合間を埋めるようなポジションなのだろう。しかしお店の方針を考えたり抜けた穴を埋めたりと、考えることもやることも大量にあるはずなのに。
札幌ラーメン最新事情2023年いかがでしたでしょうか
ということで「二世がつなぐ札幌ラーメンのバトン」というテーマで3店にスポットを当てて書いてみました。3店それぞれに「一世」のお店に思い入れがあり、思いがけず長い記事になってしまいましたがお許しください。
親の背中を見て育ったお子さんが同じ道を歩む。素晴らしいことですね。ただ、その一方で札幌ラーメンの老舗店の閉店も依然として続いているという現実もあるのです。
昨年2022年には私の地元新札幌でも老舗ラーメン店2店が相次いで閉店しました。平成9年にオープンした名水ラーメンは25年の歴史に終止符が。
昭和57年創業の「北の大地」は41年の長い歴史に幕を閉じてしまいました。人気があり、地元の人に愛され続けてきたお店の閉店はやはり寂しいものがあります。
数年前に閉店したとある人気ラーメン店の店主さんに「お子さんに継がせるという考えは無かったのですか?」と伺った時にこんなことを言っていました。
「こんなラーメン屋を継がせるぐらいなら自分の道を進んでもらった方が親としては嬉しい」
老舗店の中には「子供には継がせたくない」と考える人が少なくないように感じます。ご自身が苦労されたという理由もあるのかもしれません。
そんな中、今回ご紹介したお店のようにお子さんが自ら「同じ道に進みたい!」という店があるのは本当に明るい話題だと思っています。未来の札幌のラーメンシーンは彼らがつくって行くのだろうから。
今後にワクワクしながら札幌ラーメン最新事情2023を終わりにしたいと思います。一年間のお付き合い、ありがとうございました!
札幌ラーメン最新事情……続編は?
3年ぶりに書かせていただいた札幌ラーメン最新事情。以前は短期集中連載でしたが、今年は1年間ゆるゆると書かせていただきました。
実は食べ歩きも減っている上、他の仕事との兼ね合いもあるので、今年一年限りの連載と考えていたのですが、ありがたいことに「来年も続けてほしい」とのお声がけをいただきました。
ということで、少し更新ペースは落とさせていただくとは思いますが、2024年も本コラムを執筆させていただきます!来年もお付き合いいただければ嬉しく思います。